「Make Up! Make Up!」楽曲レビュー

 「Make Up! Make Up!」は、2ndアルバム『生命力』に収録されている楽曲。作詞は福岡晃子、作曲は橋本絵莉子。

 チャットモンチーの楽曲は、どれも一筋縄では行かないところが魅力です。この曲も、歌詞はライトなことを歌っているようで、人間の普遍的な悩みを感じさせるし、アレンジはアレンジでわかりやすい縦ノリのロックのような佇まいをしながら、聴けば聴くほどに奥の深さが感じられます。それでは、これから僕なりのこの曲の解釈、好きなところをご紹介したいと思います。

メイクをする理由はなにか?

 まず、この曲の語り手の「私」はどうやら女性で、「Make Up! Make Up!」というタイトルのとおり、毎日メイクをする、ということを歌っています。では、メイクをする理由はなんでしょうか。Aメロではこのように歌われています。

見てはいけないものを見てしまうたび
どんどん 私 強くなった
言ってはいけないことを言ってしまうたび
どんどん 私 ブスになった

 このように語り手の「私」の視点から、一人称で彼女自身の変化が語られ、サビの「だから make up! everyday」へと繋がっていきます。つまり、Aメロの歌詞の内容が、サビでメイクをする理由になっています。この構造は2番になっても共通していて、いろいろなことを経験して「ブスになった」り、「バカになった」語り手が、それを隠すためにメイクをします。

メイクはなにを意味するのか?

 では、メイクをするという行為は、なにを意味するのでしょうか。この曲は一聴すると、メイクをし始めたばかりの10代の女子が、鏡に映った自分の顔を見て、メイク前の顔とメイク後の顔が全然違う!と歌っているようにも聞こえます。しかし、歌詞から伝わるのは、それだけではありません。

 前述したように語り手の「私」は、Aメロで見てはいけないものを見て強くなった、言ってはいけないことを言ってブスになったと語り、サビの「だから make up! everyday」へと繋がっていきます。これは、年齢を重ねて社会の様々なルールを知るなかで、社会と折り合いをつけるために自分自身を偽ることも同時に知っていく、というふうにも読めます。さらにサビの歌詞は次のように続きます。

だけど
make up! everyday make up! every time
眉のアーチをキメた
鏡の中の女は誰?

 語り手の「私」は、「鏡の中の女は誰?」と問いかけています。これは、本当の自分と、他人に見せる自分が、乖離してきているということです。年齢を重ねていき、人間関係のなかで自分自身を偽ることに慣れ、本当の自分と他人に対して演じる自分が、別人になっていく。今なら中二病的と呼ばれるのかもしれませんが、10代の若者が経験するそうした心情を、歌っているのではないかと思います。だから、この曲は10代の女子だけでなく、僕のような男にも響くんじゃないかな。少なくとも僕は、この曲を聴いてだいぶ救われました。

歌詞の多面性、多層性

 チャットモンチーの歌詞の魅力は、さりげない日常の題材を用いながら、感情の深いところを突いてくるところです。だから、彼女たちの歌詞を単純に「明るい」「暗い」と言った一義的な言葉で説明するのはなかなか難しい。この「Make Up! Make Up!」も、メイクをしたら自分でもわからないぐらい顔が別人になった、ということをコミカルに歌いながら、同時に人間の普遍的な孤独や悩みを、その下に忍ばせています。

 そういう視点を意識したうえで、「誰も自分のことをわかってくれねぇー!」という気持ちを歌っているのだと思って、この曲をもう一度聴いてみてください。耳をつんざくような橋本さんの高音で「だから、メェーイクアップ! エブリデイ~!」と歌われたら、そのエモさにきっとノックアウトされますよ。ちなみに、私立恵比寿中学の「大人はわかってくれない」という曲も、より大人と子供の対立に焦点をあててはいますが、共通するテーマを持った曲だと思います。

 もうひとつ、この曲で僕がドキっとする一節があります。それは最後の「赤のルージュをひいて 愛しい人にくちづけを」という部分です。これは、恋人に会うときですら、ある程度の嘘や秘密を抱えているということなのか。いや、人間ならどんなに親しい人に対しても、そういう嘘や秘密があってしかるべきだとは思うのですが、それを曲の最後に示唆的に持ってくるところ、等身大のかわいい女子の歌と油断させておいてリアリズムを感じさせるところが、チャットモンチーの魅力のひとつですね。

レイヤー構造のアレンジ

 次に、この曲のアレンジについて。ドラムのタム回しから始まり、その後は8分音符を基本にしたリズムで、曲が加速していきます。歪んだギターと締まったベースの音。一聴すると、いかにもノリやすい、わかりやすいロック然としたサウンドとアレンジです。そのため、「ライブで盛り上がるノリのいい曲」ということで片付けられてしまいそうですが、聴けば聴くほどに、音楽の奥深さ、音楽を聴く楽しさが詰まった曲です。

 前述したとおり、16分音符のドラムのタム回しから始まり、その後は8分音符を基本単位としたリズムになります。ベースは、イントロ部分から8ビートかくあるべし!といった感じで、安定してリズムをキープしていきます。ドラムも、アクセントの位置は変えつつ、8分音符を基本に、曲に推進力とメリハリをつけていきます。そして、このリズム隊の上にギターが乗るのが、この曲の基本構造です。

 歌が入るまでのイントロ部分で、ベースは常にE(ハ長調でいえばミ)の音を弾き続けています。そして、(ドラムのタム回しを除くと) 5小節目から入ってくるギターは、E→B→Aとコードを弾いていきます。上に乗るコードは進行していくのに、その下を支えるベース音は変わらない。この持続していくベース音は、ペダル・ポイントと呼ばれ、バロック時代から使われる通奏低音です。で、このペダル・ポイントを用いたアレンジで、曲が進行していくのですが、これが独特の一体感と分離感を生むんですよね。

 リズムの面でも、ベースは曲中のほぼ全てで、8分音符を刻み続けるのですが、その上に乗るギターは、休符やタイを含んでいて、かなり自由な印象を与えます。同時に、ギターが隙間を音で埋めつくさないことで、弾いてない部分、音楽の隙間の部分が、より際立って感じられます。1番のAメロ部分は、ほとんどギターが入っていないのにスカスカには感じないし、逆に2番のAメロではギターのカッティングが入ってきて、ものすごく音が増えたように感じます。3ピースバンドなのに、このようなメリハリと情報量を音楽に与えられるのも、チャットマジックのひとつですね。

 音程の面でもリズムの面でも、安定したベースの上にギターが乗るという構造になっていて、まるでバンドがひとつの生き物のように有機的に感じられます。時にはぴったりと一緒に加速して、時には羽を広げるように離れていくアレンジが、単調になりそうな8ビートの楽曲を、色鮮やかにしています。後述しますが、さらにドラムもこれに絡んできます。本当に、たった3人で、こんなシンプルな音符ばかり使って、どうしてこんなことができるんだろう、チャットモンチーは。

 パイプオルガンやピアノではペダルを踏んで音を持続させるため、ペダル・ポイントは別名オルガン・ポイントとも呼ばれます。もともとはひとつの楽器でおこなわれる演奏を、ギターとベースで分け合っているのが、また示唆的ですね。

ドラムのアクセントの位置

 前述のとおり、この曲はドラムのタム回しから始まり、その後はドラムも8分音符を基本としてリズムを刻んでいきます。1小節のなかに8個の音があって、イントロではアクセントの位置が、3個目と7個目の音についています。と、言葉で説明するとわかりにくいかもしれませんが、イントロでスネアを弱く叩くところと、強く叩くところがあるのは、音源を聴けばわかると思います。

 『生命力』のForever Editionに収録されているライブ音源を聴くとより分かりやすいのですが、このイントロのスネアの強く叩くところが、ほんのわずか遅れて感じる、テンポが速めの曲なのに、糸を引いているようなタメが感じられます。同時期の曲だと「世界が終わる夜に」や「橙」などの、テンポがゆったりした曲の方がわかりやすいのですが、この2曲も十分にリズムにタメがあって、グルーヴ感がすごいんですよね。

 「Make Up! Make Up!」のイントロでは、スネアにアクセントをつけることで独特のタメを作っていますが、これがAメロになると、イントロに比べるとあっさりと叩いています。そして、サビになるとシンバルを多用することで一気に解放感が生まれる。前述したギターとベースの関係性に加え、ドラムがアクセントを自在に変えることで、曲のダイナミズムが増しています。

奥深いチャットモンチーの世界

 この曲は、テンポの速さとノリのいいリズムに、耳がいってしまいがちだけれど、やっぱりチャットモンチーはアンサンブルとグルーヴ感を追求しているバンドです。ライブで盛り上がりそうなノリのいい8ビートの曲、と見なされることが多いかもしれません。確かにそのような受け取り方、楽しみ方もできるのですが、それだけではない、というのがチャットモンチーの好きなところです。

 8分音符を基調にした3ピースバンドの曲で、ここまで分離感と一体感を同時に持った曲を僕は知らないし、ペダル・ポイントや分数コードをここまで効果的に納得のいくかたちで使っている曲も、思い当たりません。

 実は何人かの方達が「Make Up! Make Up!」をレビューしているのを見かけたのですが、皆さんこの曲の評価が高くなかったのです。その方達の評価を否定するつもりは全くありませんが、僕はチャットモンチーのここが好きですよ、まだまだチャットモンチーの魅力ってこんなにありますよ、ということを伝えたくて、自分の知性と情熱の全てをかけて書きました。

 ファンの方ならご存知の通り、チャットモンチーが2018年7月での「完結」を発表しました。その後のお二人の活動がどうなるのか現時点では全くわかりませんが、今からでも、チャットモンチーの魅力を多くの人に伝えたい、という気持ちでこれを書いています。これからも時間が許す限り書こうと思っています。

 単純な4つ打ちバンドでもなければ、自己満のストーリーを垂れ流すバンドじゃないんだよ、チャットモンチーは!




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