「テルマエ・ロマン」は、2012年2月8日に発売されたチャットモンチー12枚目のシングル。5thアルバム『変身』にも収録されている。作詞・作曲は橋本絵莉子。テレビアニメ『テルマエ・ロマエ』の主題歌。
この曲は高橋さん脱退後の2ピース時代、ご本人たちの言葉を借りると「二匹オオカミ時代」の楽曲で、ライブでも橋本さんのギターと、福岡さんのドラムとシンセのみなのですが、ベースの不在を感じさせない、2人の音楽への情熱がほとばしる曲です。ちなみに福岡さんは、当時のライブではこの曲に限らず、ドラムを叩きながら片手でシンセを弾く、ということをやっています。
生々しいサウンドプロダクション
冒頭から、チャットモンチーのライブ会場に迷い込んだような、臨場感あふれる音で始まり、楽器の数は少ないながら、それぞれ音量が大きめで、ダイナミズムを感じる1曲です。まず、イントロのバスドラの音が、残響音まで閉じこめるように生々しい音で鳴っています。ベースの代わりに入れていると思われるシンセも、中音域を埋めるようにアナログ的なサウンドで響きます。そして、橋本さんのボーカル。こちらは風呂場を意識しているのか、若干のリバーブがかけられています。
僕はこの曲のサウンドプロダクションが非常に好きで、初めて音源を聴いたときには「スティーヴ・アルビニ先生が録音したみたいだ!」と思いました。飾り気が無く、実際に風呂場で演奏しているみたいに、その場の空気感まで伝わる音作り。2000年代中盤以降は、いわゆるドンシャリな音、ドラムならアタックの強い打ち込み的な音が、いい音とされる傾向にあると個人的に感じています。携帯音楽プレーヤーやストリーミングサービスが、ますます一般化しているのも関係しているのだと思いますが、プアな視聴環境でもパワフルに感じる音がよしとされるのだろうなと。そういう音も嫌いではないですが、常にそれしか聴いていないと、化学調味料たっぷりのカップラーメンのようで飽きてしまうんですよね。たまには、素材から拘りぬいた、こんな音が聴きたくなります。
話が逸れました。サウンドの話に戻りますと、イントロのバスドラは直接のアタック音よりも、キックをしたときの音の弾む感じまで聞こえるような音作りで、「そうそう、バスドラ踏んだときってこういう音するよな」という臨場感に溢れています。前述したとおり、橋本さんのボーカルには歌い出しから軽くリバーブがかかっているのですが、0:14あたり、歌詞でいうと「水圧に負けるようでは」の部分から、早くもリバーブが消えて、ストレートに声が聞こえるようになります。こういうところからも、サウンドに対するこだわりが感じられますよね。
ダイナミズムを感じるアレンジ
この曲は2人で演奏されているためベース不在ですが、それを感じさせないほど、荒々しくパワフルな演奏です。2人だけでも最大限に強弱とメリハリをつけて、ダイナミズムを感じられるようアレンジも作り込まれています。いや、作り込んでいると表現すると、すべて楽譜に書いたとおりに演奏するという印象を与えるかもしれませんが、かっちりとリズムを合わせるところと、多少のリズムの走りは気にせず突っ走るところが、しっかり切り替えられていてメリハリがある、ということです。
ドラムに注目して聴いていくと、0:14あたり「シャワーの水圧」の歌詞の前に入るシンバルが、スタートを告げる合図のように響き、ここから演奏のシフトが切り替わり、曲が加速していきます。前述したとおり、同じ部分で橋本さんのボーカルにかかるリバーブも解除されます。
0:27あたり「偶然できた」からは、複数のタムを加えて、ドラムが立体的になります。0:40あたり「リンス先輩」からは、基本リズムは変わらず、叩くタムを増やしているだけなのに、全くイメージが違って聞こえてきます。
次にサビの部分。0:55の「いつもより」からのドラムは、打ち付けるように跳ねるようなリズムを叩いているのですが、これが1:07あたりからは手数を減らして、シンバルで4分音符を叩きます。このリズムの切り替えが、落ち着きと解決感を与えていて、こういう自由な発想がなんともチャットモンチーらしいなと。コード進行で解決感を出すというのは当たり前ですが、僕は才能が無いのでリズムでこういうメリハリをつけるようなことは思いつかない。
当時の福岡さんは、ドラムを始めたばかりで、テクニック的には未熟な部分もあったと思うのですが、このようなアレンジを聴くと、やっぱり才能溢れるミュージシャンなのだなと実感します。
歌詞の二面性
まず一聴して感じるのは、これは風呂の歌なのかなんなのかということです(笑) ただ単に、1日の終わりにお風呂に入っている歌なのかと思いきや、それだけには収まらないイメージをかきたてる言葉が歌詞の随所に散りばめられているし、なにより橋本さんのボーカルが何に対する怒りなのかっていうぐらい、キレッキレでエモーショナルです。
2番のAメロの歌詞に「ここは一日の最後の場所」と出てくるように、お風呂は多くの人にとって、寝る前のリラックスタイムにあたる場所のはずです。では、この曲はお風呂でリラックスしている牧歌的な歌なのかといえば全くそんなことはなく、語り手には1日で溜まった悩みや疲れやストレスやイライラを発散するような、切迫感があります。例えばサビの「お疲れ様は疲れてるんだ」、そして最後の「ヒントはどこに浮かんでるんだ?」という歌詞からも、語り手の精神状態がうかがい知れます。
歌詞でもうひとつ触れておきたいのは、2:40あたりから始まるカウントダウンで、どの数字のときの声が好きか、という問題です。個人的には「7」が一番好き。地声と裏声を混ぜて発声することをミックスボイスと呼びますけれども、この「7」は橋本さんのかわいい声とかっこいい声のちょうど中間ぐらいのミックス具合なんですよね。そもそも、このカウントダウンも、子供が親に促されてお風呂場で数を数えることに由来しているのだと思いますが、普通は「いーち、にーい、さーん…」と1から数えていくはずなのに、10からのカウントダウンって! なにか発射か爆発でもするんですか!?って感じですね(笑) こういうセンスも本当に天才的で、橋本さんならではです。
コミカルなシリアス・ソング
アニメの主題歌ということで、歌詞の綴り方も「泡てた」「汗る」など、本来だったら「慌てた」「焦る」と書くべきところを、風呂を連想させる言葉に置き換えて、コミカルな印象を与えています。しかし、語り手は「いつもより ゆっくりお風呂に入」りたい、そして「隠しても無駄なものが この世には多すぎる」と思わず吐き出したい気分のようです。歌詞は一見するとコミカルなお風呂の歌なのに、ただの楽しい歌で終わらず、リアルでダウナーな感情もしっかり閉じ込められているところが、実にチャットモンチーらしいと思います。
サウンドプロダクションにおいても、歌詞においても、やっぱり彼女たちは基本的な姿勢がオルタナティヴなんですよね。それは、サウンドや歌詞の傾向が、いわゆるジャンルとしてのオルタナティヴ・ロックに近いということではなくて、常に選択肢の「じゃない方」「違う方」を勇気と好奇心を持って選び続けるということです。もう、チャットモンチーのこういうところが本当に好き。